すぐに答えの出ない問いを、
大切にする。
日々の実践のなかで、ふと立ち止まる。「本当にそうだろうか」「もっと違う見方はないだろうか」。研究の始まりは、そんな小さな違和感や、まだ形にならない好奇心のなかにあります。
何を知りたいのか。なぜそれを知りたいのか。どのような世界を望むのか。方法を選ぶ前に、問いそのものを育てる時間が必要だと私たちは考えます。
すべての探究に、すぐに役立つ理由があるとは限りません。純粋に知りたいから調べること。既存の説明を問い直すこと。離れた知識のあいだに関係を見いだすこと。その営み自体に価値があります。
健康。幸福。自由。
答えではなく、問いとして。
HILUCOが見据えるのは、人と動物の健康・幸福・自由です。それは一つの尺度で測り切れる目標でも、誰にとっても同じ形をした理想でもありません。
病気がないことだけが健康なのか。誰かの幸福が、別の誰かの負担の上に成り立っていないか。選択肢があることと、実際に選べることの間には何があるのか。
こうした問いに向き合うために、自然科学、人文学、社会科学、技術の境界を行き来します。個人の身体から、働く場、制度、自然環境へ。異なる知識をつなぎながら、問いの見え方を更新していきます。
浪漫を持ち、科学で確かめ、
一隅から始める。
浪漫 — 本来どうありたいかを問う。
目の前の必要に応えるだけでなく、その先にある可能性を想像する。個人の経験や感性を問いの出発点にしながら、当たり前とされる前提にも目を向けます。浪漫は、探究の方向と意味を育てるものです。
科学 — 他の人と確かめられる形にする。
魅力的な説明であることと、確かな説明であることは同じではありません。観察や資料、データ、論理を行き来し、用いた方法と根拠を示します。事実と解釈を区別し、限界や不確かさを伝え、異なる見方によって考えを修正する余地を残します。
一隅 — 小さくても意義のある場所に向き合う。
大きく語られる課題の陰にも、見過ごされている経験や声があります。身近な実践や、まだ十分に扱われていない領域に丁寧に向き合う。そこで得られた知識を必要とする人へ届けることが、次の変化の出発点になると考えます。
研究と創造が、
行き来する場所。
Studioという名前には、調べることと、つくることをつなぎたいという考えを込めています。文献を読み、問いを練り、分析し、文章や知識基盤をつくる。その過程で生まれた疑問が、また研究に戻っていきます。
研究の成果が、教育や実践、事業へと展開することもあります。HILUCOが掲げるクリティカルビジネスへの関心ともつながりながら、まだ合意のない課題を確かめ、対話の土台となる知識を蓄積します。
完成した答えだけでなく、そこへ至る考え方や方法も共有する。読む人が自分の現場で問いを立て直せるような、ひらかれた研究拠点を目指します。
知をひらくことに、
責任を持つ。
AIは、調査や整理、分析、制作を支える道具です。問いの価値を判断し、根拠を確認し、公開する内容に責任を持つのは人です。AIの出力だけを根拠に、書誌情報や研究結果を確定しません。論文、原資料、公式情報に立ち戻って確認します。
出典を示し、事実・解釈・仮説を分けること。研究に関わる人の権利やプライバシー、著作権を尊重すること。誤りがあれば訂正し、わからないことはわからないと伝えること。知識を共有するための基本として、大切にします。
この場所が、誰かにとって新しい問いの入口になる。その問いが、また別の人の探究につながっていく。私たちは、その小さな連なりを育てていきます。
問いを育て、知をひらく。
このManifestoは、株式会社HILUCOの理念・行動指針を、研究活動の姿勢として表したものです。